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インタビュー その2

第2回目は、

濱野 友旗(はまの ゆうき)さん(醍醐FC3期生)

競技歴・伏見SC→京都醍醐FC→関西大学第一高校(大阪府)(選手権全国ベスト4、8を経験)→関西大学→東京海上FC→春日井クラブ→TOKYO CITY FC *現役で活躍されてます。

では、質問へ。

①何歳からサッカーを始めましたか?

答:4歳か5歳だったと思います。


②小学生の頃、一人でどんな練習をしていましたか?

答:リフティングやドリブル、ボールタッチを中心に練習していました。特別なことはやっていません。


③中学生の頃、これをやっててよかった、これをしておけばよかった、と後になって思ったことは何ですか?

答:

〈これをやっててよかったと思うこと〉

(1)サッカーノートを毎日記入

正直これが一番良かったと思います。コーチから教わった大事なポイント、その日上手くできたこと、上手くできなかったこと、次の日の課題、その他気づいたことや思ったことを自由に書いていました。サッカーノートを書くことで良かったことは沢山ありますが、主には、人の話の中で大事な部分を聞き取る力、自分を客観視する力、自分の想いを整理する力、を養えたことだと振り返ります。今、私は民間企業のサラリーマンとして働いていますが、この「習慣」は今でも物凄く活きています。そしてこの先、生きている以上は何をするにしても役立つものであると確信しています。これまでサッカーノートを書いたことがない!という人は、是非、自分の未来のために取り組んでみてはいかがでしょうか。ちなみに私のこのサッカーノートは中学2年生の頃から大学でサッカーを引退するまでの9年間、書き続けました。今でも実家にある宝物です。(自分の裸を見せるよりも恥ずかしいですが・・・笑)

(2)ひたすらサッカーの練習

中学生の頃の1日の生活といえば、

6:30 起床、朝食

7:00~8:00 家の前でリフティングやドリブル、ボールタッチの自主練

9:00~15:00 学校

15:30~17:00 家の前でリフティングやドリブル、ボールタッチの自主練

18:00~20:30 醍醐FCでの活動(醍醐FCの練習が無い日や雨で中止になった日はこれまた家の前で自主練をしていました)

22:00~22:30 就寝

で週末は言うまでもなくサッカー尽くし、というサッカー馬鹿というか、変態と言われてもおかしくない生活をほぼ毎日していましたが、今となってはやっててよかったと思えることの一つです。ちなみに、これはあくまでも私の考え方でしたが、サッカーが何よりも大事でしたので、例えば学校のテスト期間であろうが、上記の生活スタイルを維持するために、学校の授業中は、先生の話を全部吸収するつもりで参加していました。結果として中学3年間、テスト期間でも上記の生活スタイルを貫き、そして学校の成績はオール5(5段階評価)に近い成績を収め続けることができました。

*テスト期間にサッカーを休み事が悪いということではございません。


〈これをやっとけばよかったと思うこと〉

(1)思い切って休むこと

先程とは逆のことを言いますが、たまにはサッカーから全く離れて生活をする時間をとっても良かったかなと振り返ります。例えば、先程の話で言うと、テスト期間は一切サッカーのことを考えずに生活をしたり、長期オフを利用して全く違う体験をしたり(友達と遊ぶ、違うスポーツをする、女の子とデート?等々)。

少々サッカーと離れても下手にはなりません。むしろ、サッカーと距離を取る事で、今まで見えなかった部分が見えるようになったり、皆さんが最初にサッカーを始めた時のような、サッカーをしたい!!という純粋な気持ちに再会できたりと、プラスに働く事の方が多くあると思います。

現に今、私は、平日はサラリーマンとして働き、週末は社会人サッカーをする、といったサッカーが最優先でない環境の中で生活をしていますが、もしかしたら、現役時代よりもサッカーが好きかもしれないと思う程、サッカーの奥深さや魅力を感じています。


④高校の時、選手権の全国大会で2年連続好成績を収められましたが、チームメイトにはどんな選手がいましたか?ちなみに40mのスーパーゴールを決めた時の感想は?

答:足元の技術の高い選手もいれば、めちゃめちゃ走れる選手、何故かいつも監督に怒られている選手、監督には怒られるけれども試合には出続ける選手、と挙げるとキリがないくらい、いろいろな選手がいました。ただ、共通していたのは、一人一人の良さを引き出そうとする人間性を持った監督・コーチ・選手の集まりでした。

監督・コーチはメンバー全員の良さの引き出し方を良く知っているし、キャプテンは監督・スタッフと選手の間に立って、選手がプレーしやすい環境を整えてくれるし、キャプテンや副キャプテンでなくても、例えばセンターバックの選手が隣のサイドバックの選手の良さを引き出そうとしたり・・・そのようなチームの環境には恵まれていました。


40mのスーパーゴールの感想は・・・

何よりも気持ちの良いゴールでしたし、全国高校選手権という大きな舞台で決めれたあのゴールは、間違いなく人生ベストゴールです。ちなみにその時の相手には、現浦和レッズで活躍するA代表招集歴もある長澤和輝選手がいましたが、彼も私のゴールを目の前で見て焦っていたことを鮮明に覚えています。笑


⑤最後に、スクール生、中学生に、先輩として一言お願いします。

答:私は小学校、中学校と特に目立った選手ではありませんでした。強いて言うならば、中学生の時に1年間、京都府トレセンに入れたぐらいです。いわゆる、無名の選手でした。

しかし、本気でサッカーが好きで、少しでも上手くなりたいと想い続けて、日々の練習や試合に通っていました。

その結果、高校時代には全国高校選手権で国立競技場のピッチに立つことができました。(日本代表の柴崎岳選手率いる青森山田に準決勝で敗戦・・・)

また、その後進学した関西大学サッカー部では、日本全国から「U-18日本代表」のような年代別の日本代表選手が集まる中で、Aチームの試合にスタメンで出場することができるようになっていました。確か、サッカー部員は全員で200名ほどいました。


皆さんに言いたいことは、

今試合に出れなかったとしても、

トレセン選手に選ばれなかったとしても、

ライバルに負けたとしても、

全く落ち込む必要はありません。


自分がなりたい姿や、目標に向かって自分と向き合い続ければ、必ず逆転できます。

皆さんと同じ醍醐FCにいた私ができたのだから。

皆さんには無限大の可能性があります。

それを信じて、頑張ってください。


友旗、ありがとう。

醍醐FCに入ったとき、タッチが柔らかく、技術もあって、でも小さくて細くて、そんな選手でした。それにしても、何があろうがとにかく休まない。高校受験の前日だけ、怪我や勉強のことを考えて「頼むから休んでくれ」と私から言ったのを覚えています。

選手権の左足の40m弾、しびれました。後に電話で「監督に一番見てほしかった」と言ってくれたのは嬉しかったです。(多分、醍醐FCで利き足の右を完璧に、と言い続けたからかな・・・笑)

忙しい中、たくさんの経験談を本当にありがとう。

頑張れ、友旗!!(坂井)

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