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インタビュー その3

第3回目は、

堀田 航暉(ほりた こうき)さん(醍醐FC4期生)

競技歴・大宅少年団→京都醍醐FC→京都橘高校(京都府代表に選ばれ、国体出場)→関西大学 *現在は社会人として活躍されております。

では、質問へ。

①何歳からサッカーを始めましたか?

答:小学校3年生(9歳)


②小学生の頃、一人でどんな練習をしていましたか?

答:遠くまでボールを飛ばす練習、リフティング


③中学生の頃、一人でどんな練習をしていましたか?

答:シュート練習、狙ったところにボールを蹴る練習、ボールタッチの練習


④中学生の時の成績は?サッカーと勉強を両立するために、どんな努力や工夫をしましたか?

答:成績は9教科で42(オールで5で45)でした。

 ・塾に通わないために学校の授業で理解する。

 ・高校入試の時に困らないために評定を意識する。


⑤最後に、スクール生、中学生に、先輩として一言お願いします。

答:今の時期は思ったようにサッカーができず、気分が晴れない人、良い気分転換になった人、いろいろいると思いますが、中学・高校というのは本当にかけがえのない時間です。僕も10年以上たった今でも会う友人ができました。

時間を無駄にすることなく、全力で楽しんで下さい。


航暉、ありがとう。

醍醐FCに入ったとき、体が小さく、細くて、正直まったく目立たない選手でした。(航暉、ごめん)プレーも、ドリブルで突破するとか、強いシュートが打てるとか、派手なプレーはありませんでした。ただ、ミスが少ない、黙々と走りまくる、そんな彼は、知らぬ間に一つ上の年代の試合にスタートで出場していました。

チームメイトがミスしても責めずに、自分が走ってそのミスをカバーする、コーチから誰から言われるでもなく、常に試合の中で走りまくる、「男は黙って仕事する」ということを中学1年生から体現していたように思えます。

そして、普段は物静かでもハートは熱く、相手の激しいプレーにも臆せず、立ち向かっていました。

そんなところが評価され、高校の時に国体出場できたのではないでしょうか。おそらく、中学の時トレセンにも選ばれず、国体に出場したのは異例なのでは・・・。

目立たたないけど、いそうでいない、そんな選手でした。

サッカーを始めた年齢も、小学3年生からと、そこまで早くなく、後輩のみんなも勇気がわくのではないでしょうか?

航暉、本当にありがとう。またグラウンドで待っています。(坂井)

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